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2003-11-03
収穫祭は終わり……夕闇の中で
   
  

 

収穫祭が終わり、村を歩いてみた。灼熱の太陽が柔らかい夕焼けの彩りへと変わって行く中、砂糖きび畑を見渡す一角でリトの説明を聞いた。

祭が執り行われた場所がジョニーが倒れた地だと聞かされた。3月6日昼休憩を前に、農民達150名(その中には女性や子供たちも居た)は畑で草刈り作業をしていた。警備していた広域(郡)警察3名、地元ラカルロータ警察6名。地元警察には昼休憩をするようにと指示が出され、その場には広域警察3名だけ。

そこに元地主側労働者・私設ガードマンがトラック5台、トラクターに分乗して現れてきた。その数250名。囲まれた農民達は完全包囲網の中。無抵抗の農民に放たれた銃弾…。明らかに元地主の作戦の中で行われた虐殺行為。

収穫祭は終わった…
待ち焦がれた収穫が明日から始まる
静かになった十字架の前で灯りを守る
  

  
やっと納得できた! セレモニ−が続く中で、居た堪れなかったのは大地からの叫びだったのだ……と。

テントからそっと抜け出し、村人・支援者の中に身を置き、考え込んでいた。日本で訃報を聞き、この場所に来た日本人として、永年の闘いの奥に秘められている深い悲しみを全て理解することは出来ない。彼らの悲しみ、痛みを受け止められるのか。また伝えられるのか……。リト(委員長アンヘリート・エスタマ)の説明を聞きやっと納得できた。

突き動かされるままに動き回ったのはここで何があったのかを知り、そして残された農民を見守ってほしいと願うジョニー達からの伝言が私の中に響いてきたのだ!と。感じたことを伝えるべくして来たのだ。

ジョニーはリトの甥という関係であり、亡くなる前日まで彼が運転するバイクの後に乗り、元地主側との闘いの先頭に立っていた。「ボディーガードでもあったジョニーは僕の身代わりとなって死んでいった…」。彼の無念さが伝わってくる。


トップ 収穫祭 この人達は何物? 虐殺現場に立っていたのだ 深い悲しみの中で 式典を見守る人々

子供達へのケア 夕闇の中で 月明かりの中で 収穫の朝が来た 早朝6時から始まった収穫作業


  
 
 
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