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2002-10-28

2002.8.21〜8.23 

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秋が近づいてきた 投稿者:MARION  投稿日: 8月21日(水)07時41分28秒

おはようございます。
昨夜ほぼ予定通りの時間に滋賀針江訪問から帰ってきました。
2地域合同、バス2台とワゴン車、総勢60名。
もの作りにこだわり、環境保全の視点をもち、それを街ぐるみで循環させているしくみに驚いたという、参加者の感想が多かったです。感じる企画になってよかったな。詳細はどなたか報告を!

さぁ、今から会議。
本格的に?秋にむけて活動を開始しています。



あぶらむの里に響き渡ったトランペットの響き 投稿者:大地の母  投稿日: 8月22日(木)22時51分31秒

涼しい岐阜の山奥から戻ってまいりました。
久し振りにスケッチを楽しみ、山を散策し美味しい空気をたくさん頂いてきました。

名神高速をまっすぐ走り、遠〜くに富士山が見えたら(?)左に曲がって、東海北陸道・飛騨清見でおりて高山を目指し国府までもう一息

行きはよいよい帰りは恐い・・・
はい、迷子になりました。
40kmのロス

いいえ、
飛騨地方の農村風景を楽しみながらドライブしました。
飛騨地方・関では稲刈りが始まっていましたよ。

立教大学・高校・中学生達の受け入れが終わったばかりのあぶらむの里宿泊者は、大阪からの大母一行のみ。

あぶらむの里には韓国・車牧師の大学から4年生の女性サンヒさんが研修生として7月中旬から来日中。
同行した次女とは一歳違い。あぶらむの里のスタッフ達とも大変仲良くなり、昨夜は若いスタッフ達に混ざって次女・サンヒさんも遅くまで宴会を楽しんでいました。
彼女たちには言葉の壁は問題ではありません。
楽しい笑い声が延々と・・・・

ご安心ください、車牧師
研修生以上・・・大郷先生の末っ子サンヒとして可愛がられていましたよ。

山の稜線から顔を出してきたまん丸お月様を背景に、大郷先生がトランペットを吹いてくださいました。
僕よりも先に死ぬ妻の葬式で歌う歌ですと・・・・
大母たちは驚きましたが、奥様の育さんに対する愛情表現なのでしょう。

心に響くトランペットの音
大郷先生の渋い歌声

おはぎおかあちゃん
今夜はゆつくりとお休みください。
また行きましょうね。

あぶらむに新しいメニューを提供したオンマァ様
館の畑でえごまの葉を見つけたオンマァ様はおおはしゃぎ。
地元ではえごまの実だけを利用してたようで、葉が食べれる料理は大変な驚き様でしたよ。
この一品は、これから開始される豚・野菜・とうがらし3点セット料理講習会で披露していただきましょうね。


届いた くまの肉 投稿者:大地の母  投稿日: 8月22日(木)22時56分53秒

たかのん殿

たしかに届いています。
熊の肉

冷凍状態は良好です。
生協祭で食べることにします。

それまでにレシピを伝授してくださいませ。


あぶらむの里で出会った大阪の一家 投稿者:大地の母  投稿日: 8月23日(金)06時45分49秒

ここはどこ?
大阪でしたね。
涼しい〜 大地の寝息で目が覚めてしまいました。

あぶらむの里の2階から描いたスケッチには、たくさんの緑に包まれたふたつの建物を描きました。

ひとつは諸魂庵
大郷さんの志を支援されながら、神のもとへ帰って行かれた方々を忍ばれて建てられた館です。
飛騨地方の数百年の歴史を持つ民家を解体移築して建てられています。
勿論、棟梁・大工は大郷さん。
牧師でありながら自然を大切にした生き方・暮らし方を実践し、将来の担い手である子供達に伝えていこうと様々なプログラムを組みたてられてます。
大郷さん自ら職業訓練所で木工技術を取得され、古民家移築を手掛けられてきています。
上和田・高畠へ出向く立教の学生達はあぶらむの里での体験を経て行っているようです。

もうひとつはスタッフの生活屋
この春から小3の女の子を筆頭に3人の子供と奥様と共に生活されていたのはなんと! 堺市赤坂台出身の平野さん親子でした。おとうさんは営業マンとして全国の転勤を経験され、最後の東京の暮らしの中で脱都会暮らしを決意されたようです。40才を超えたばかり。きらきらと輝いた視線にはあぶらむの里での充実した生活振りが伺われてきました。
9月にはあぶらむの里から100mほど離れた別荘を買い取り、奥様とともに新たな試みを開始されるようでした。

昨日9時過ぎ皆様にお別れを述べて敷地の道を下り始めると、平野さん親子が下の家の前から大きく手を振ってくれていました。
敷地の外の道から見上げるとあぶらむの里のなだらかな緑の中から大郷さんご一家、スタッフそして韓国のサンヒさん大阪市住之江出身の平野さんの奥様と子供達みんな一緒になって大きく手を振って見送ってくださいました。


突然の悲しみとキムミンギさんの響き 投稿者:大地の母  投稿日: 8月23日(金)08時04分42秒

今 長女とキムミンギさんのCDを聞いています。

昨夜あぶらむから帰ってきた大母に、「知り合いの先輩が亡くなった。名古屋の出張先の寮で心臓麻痺だった。仕事で来ないので様子を見に行くと倒れていた」と長女が語りかけてきました。

それを聞いた次女が「おねえちゃん大丈夫かなぁ?」

朝からCDを聞いていたところに長女が起きてきました。

一緒に聞かない?

?????

死んだんではなく帰って行った・・・・・

娘と語りました。

大変親しくしていた先輩のようです。
実家は徳之島。最近離婚され仲間達で引越しの手伝いをしたとか。
6才のおこさんがいた。でもわかれたおくさんと連絡がとれずに葬儀の段取りも決まってない・・・・

娘の瞳から大粒の涙が流れます。

ミンギさんの歌詞冊子を渡しました。
何度も聞いています。
何度も。

しばらく
このままにしておきましょう。
やさしいメロデイ−の中で・・・・


アフガニスタン映画会開催案内・転送 投稿者:毛無夫  投稿日: 8月23日(金)09時32分33秒

  
日本・アフガニスタン合作映画

        よみがえれカレーズ

        9・11上映会のお知らせ
■「9・11テロ事件」一周年の日に上映会を行います

このドキュメンタリー映画は旧ソ連軍がアフガニスタンから撤退した89年に撮影されました。内戦という厳しい状況に置かれながらも日々の暮らしを続ける人々の姿を淡々と伝える作品です。

今年に入って「アフガンを忘れないあなたとのネットワーク」がこの作品の上映キャンペーンを開始しました。今回は「アフガンを忘れないあなたとのネットワーク」に協力をお願いし、アフガン空爆の直接の原因となった「米9・11テロ事件」の日に上映会を開催します。(詳しくはこのメールの後段をご覧ください)

なお、アフガンを忘れないあなたとのネットワークの活動については次のURLを参照してください。
http://www.h5.dion.ne.jp/~afghan/

■この映画の監督、土本典昭さんの言葉

  2001年10月8日アフガン空爆の日

  いま私の出来るアメリカの報復戦争に対する抗議運動は、1989年にアフガニスタンの国内の人々の生活を記録した「よみがえれカレーズ」をみていただくことです。
  これは内戦に疲れた民衆の生活を描き、平和な暮らしをもとめる国民和解の声を カブール、ヘラートなどアフガン各地で撮った作品です。
  この映画は11年前の製作ですが、日々刺激的なニュースの奔流の下にあって、いまこそ知ってほしいアフガニスタンの人々の現実をよみとって、この時代の課題にむきあっていただけたらと思います。
  (http://www2.ocn.ne.jp/~tutimoto/newpage5.htm

■アフガンの歴史や最新の現地情報を聞くことができます

8月2日より被災地NGO恊働センター代表の村井雅清さんが、京都在住のアフガニスタン人のソルタン・アフマド・サレヒさんと共にアフガニスタンへ入っています(8月18日帰国予定)。今回の上映会では、サレヒさんにアフガンの歴史や現在について講演していただくことになっています。
またスケジュールが合えば村井さんにホットなニュースと今後の支援の取り組みの可能性を報告していただきます。

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【上映作品】

【日時】

 2002年9月11日(水)12:00〜16:00(受付11:30〜)

【会場】

 アクタ西宮 西館5階 消費生活センター
 TEL:0798-69-3157(西宮市北口町1-1)
 (阪急西宮北口駅 北側すぐ)

【参加費】

 500円

【申込】

 メール・電話・ファックスのいずれかにて事前にお申し込みください。
    
【主催】 都市生活コミュニティセンター
【協力】 アフガンを忘れないあなたとのネットワーク
     被災地NGO恊働センター


■Hさんの感想も別にありましたので、毛無夫の責任で転写しました。
昨年この映画を見た時にちょっと感想を書きましたので、以下にのせておきます。見る前に読みたくない人は以下を読まないでください。

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平日午前にもかかわらず、BOX東中野はほぼ満員。

アフガニスタンがある地域の長い歴史を簡単に紹介したあと、コーランの祈りとともにある宗教者の埋葬シーンが流れる。

そして、あの厳しい山岳地域の環境下で、カレーズと呼ばれる人の手で掘られた地下水脈がもたらす豊かさを映し出す。

国連監視軍のもとでのソ連軍の撤退に同行するカメラは、ソ連領内に戻った女性兵士が無邪気に喜ぶシーンをおさめ、
一方、アフガニスタンでは、子どもに銃の扱い方を教える父親の姿がある。小学校では生徒が将来の夢を語る。

ひたすら歩いて帰ってくる難民。
難民登録所では、順番待ちで来年来いと言われる。

地元女性が働いていた工場は、道路封鎖で必要な物資が揃わず操業停止に追い込まれる。

ロケット砲の着弾で死者35人が出た現場にもいち早くカメラはかけつける。反政府ゲリラとも遭遇し、インタビュー。

モスクの修復をする芸術的職人技、そして礼拝。

そんな人びとの日常がそのまま映し出される点で、日々テレビで見るアフガニスタンの映像と比べつつ、様々な思いを巡らすことができる作品だったように思う。
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あと、この映画の監督である土本典昭さんホームページは以下です。
http://www2.ocn.ne.jp/~tutimoto/

個人的にアフガニスタン関係は、日・パ旅行社のオバハン報告
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/nippagrp/obahan.htm
を現地情報としておもしろく読んだり、クリックするだけでアフガン難民へ募金ができるサイト
http://www.dff.jp/
に行ってクリックしたりしているくらいですね。


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